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(4)パリ [2003春パリからベルリンへの旅]

4/11(金)


昨夜は飲みすぎたので朝は1時間遅く起床。食欲もなく地下の朝食室には行かないで、手持ちのフリーズドライのお粥と味噌汁を食べると、元気になりました。そして昨日に続いてルーヴル美術館へ。

昨日はクローズしていた中世美術部門(ロマネスクの彫刻を主に)の見学をしました。


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フランス各地の修道院や教会から集められた柱頭彫刻はそれぞれ素晴らしいものです。一番下の「女と龍」の小タンパン?の浮彫がこの時印象に残ったのですが、何日か後に同じテーマのものに出会うことになります。


ランチはカフェ・マルリーのピラミッドの見えるテーブルで、クラブサンドとロゼワイン。


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昨日に続いて再びルーヴルの書店に寄り、悩んだ末zodiaque叢書を4冊購入して、日本まで送ってもらう手続きをしました。建築専門書の棚の隅に並んでいたのに気が付いて、この時購入しておいて、結局は正解でした。24€の定価で購入できたのはこれが最後だったかも知れません。


ホテルに戻り近くのコインランドリーへ。使い方がわからなくてまごまごしていましたら、親切な方が教えてくれて、1時間後には無事終了。洗濯機が回っている間は隣のカフェでお茶して待機。ホテルに戻って1時間ほど仮眠の後、オペラ・バスティーユへ。


♪チャイコフスキー『エウゲ二・オネーギン』19:30開演

指揮:Vladimir Jurowski 演出:Willy Decker オーケストラ:Opera National de Paris

MADAM LARINA:Alexandrina Mitcheva TATIANAOlga Guryakova
OLGA
Marina Domachenko FILIPIEVNAIlina Tchistiakova EUGENE ONEGUINEVladimir Chernov LENSKIPiotr Beczala LE PRINCE GREMINEGleb Nikolsky MONSIEUR TRIQUETMichel Senechal

高校生のときチャイコフスキーでクラシックに目覚めたわりにあまり熱心ではなかったのですが、このオペラを1度オペラ講座で聴いてから、またチャイコフスキー贔屓になりました。(笑)
このオペラもパリ滞在中に観られるとあって、嬉しくてホクホクしながらバスチーユへ。

指揮のJurowski は初めて聞く指揮者でしたが、見事な演奏でした。野生的な風貌も素敵な方です。すでにグラインドボーン音楽祭でも振っていて、これからの活躍を大いに期待されます。
ロシアの哀調を帯びた美しいメロディ、流麗なダンス曲など息つく暇もないドラマティックな展開に、心奪われました。
歌手陣はタイトルロールのキーンリーサイドがキャンセル(またか~涙)でチェルノフ。やや弱かったけれど健闘していましたし、ほかは大好きなGuryakovaをはじめ、ほぼ完璧といっていい演奏。LENSKIの Beczalaはデビューしたばかりの期待のテノール。死を前にしたアリア「クダ クダ~」は絶品でした。
演出も場面展開がスムーズで、感情移入しやすく、衣装も洗練されていて、うっとり。

↓プログラム

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参考映像:チャイコフスキー『エフゲニー・オネーギン』

収録:1994年7月 グラインドボーン・フェスティバル・オペラ


タティアナ:エレーナ・プロキナ
エフゲニー・オネーギン:ヴォイチェフ・ドラヴォヴィツ
レンスキー:マーティン・トンプソン
オリガ:ルイーゼ・ウィンター

指揮:アンドリュー・デイヴィス
ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団
演出:グレアム・ヴィック

 

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参考CD:TCHAIKOVSKY『EUGENE ONEGIN』1993年収録

 指揮:SEMYON BYCHKOV  オーケストラ:パリ管弦楽団

Tatyana:Nuccia Focile  Olga:Olga Borodina   Onegin:Dmitri Hvorostovsky Lensky:Neil Shicoff  Prince Gremin:Alexander Anisimov

 

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席のシニアの女性はロンドンからのDomachenkoの追っかけの方。ロンドンはチケットが高価なので、パリはいいわ~とのこと。ロンドンにはいつ行けるかしら・・・。

 Kさんとは4人置いて同列の席になり、休憩も一緒に楽しくおしゃべり。終演後もバスティーユ広場に近い有名店Bofignerで生カキや豚の足など美味しくいただいて、またもや1時過ぎまで夜遊び。この夜は週末のうえイースター休暇に入ったところで夜中でも人通りも多く、危ない感じも全くなくのんびり宿に戻りました。

 




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(3)パリ [2003春パリからベルリンへの旅]

4/10(木)


 昨夜は夜遅くまで活動したので、さすがに疲れました。それでも9時半ごろに外出。メトロでトロカデロにあるフランス文化財博物館へ。ところがまだ修復が終わっていなくて空振り。


↓トロカデロの広場からエッフェル塔を眺めて、


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 ルーヴル美術館へ向かいました。フランスの中世美術のセクションはお休みとのことで、今日は古代オリエントの美術部門を見学することにしました。1999年にシリア、ヨルダンを旅していましたので、主にメソポタミア文明部門に観たいものがありました。

ルーヴルの超目玉「バビロンの王のハンムラビ法典」を見学後、シリアの隊商都市からの発掘品の部屋へ。

↓古代都市マリの神殿にあった青銅の獅子


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 半壊されていたとはいえ対で2体あったのですが、もう1体のほうはシリアのアレッポ博物館にあります。並んで展示されることはもうないのでしょうか?

この後はブックショップに行ったのですが、欲しい本はあまりにも重く断念・・・。


ランチはマドレーヌ寺院近くのエディアール2Fのレストランへ。ここは3年前に来て美味しかったので再訪したのですが、味は落ちたみたい(シェフが変わったのかも)。1Fの食品売り場でおやつにクッキーや木苺など購入。ホテルへ戻るともう4時。1時間ほど仮眠の後、6:20頃オペラ・バスチーユへ(徒歩で10分くらい)。


♪~ロッシーニ『ウィリアム・テル』(仏語でギョーム・テル)19:00開演


指揮:Bruno Campanella 演出:Francesca Zambello オーケストラ:Opera National de Paris

MATHILDE:Hasmik
 Papian  JEMMY:Gaele le Roy  HEDWIGE:Nora Gubisch
ARNORDO:Janez Lotric  UN PECHEUR:Mathias Zachariassen  RODOLPHE:Valerij Serkin
GULLAUME TELL:Thomas Hampsom  WALTER:Wojtek Smilek  MELCHAL:Alain Vernhes

2年前のウィーンで『ウィリアム・テル』を観るつもりでチケットもとっていたのですが、当日劇場で「トスカ」に演目変更されていて、観られませんでした。そのリベンジもあり、ハンプソンがバスチーユでテルを歌うということを知りスケジュールを立てました。まだ慣れなかったネット予約も無事済ませ、偶然同じ日にご覧になったBさんともお会いでき、楽しい思い出のバスチーユになりました。
このときのBさんの現地新聞情報によりますと、パリでの評判はあまり良くなかったようです。白木の小屋や木々がイケアの家具のようだとか・・・確かに。しかし、ハンプソンは立派との評でにっこり。ハンプソンは最終公演ということもあって頑張って歌いました。
大好きな前奏曲も素晴らしい演奏でわくわくしながら観ていましたら、私の数列後方で「オーレ!オーレ!」の野次。次第にその声も大きくなり、周りが静止しても聞き入れません。それで小休止のとき、数人の係員に連れ出されました。周りは良かったと拍手(私も)
わざわざ遠くからやってきて、喜んで見ている私にはまったく理解不能。メーワク男め!

4年ぶりのNora Gubischは安定した歌唱。Hasmik PapianJanez Lotricもまあまあ。マチルデとアーノルド、それぞれのアリアは大好きですが、引き込まれるまでの魅力はありませんで、残念。


↓プログラム


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 帰途はBさんの定宿の近くのビストロ「レ・フィロソフィー哲学者たち」で。ブーダンノワールにカオールの赤がぴったり!Bさんはオペラも美術も詳しい方なので、話が尽きることはありません。1時になったのでしぶしぶ徒歩で数分の宿に帰りました。途中までBさんに送っていただいたので、怖いこともなく・・・ところがホテルのドアが閉まっていてドキリ。でも呼び鈴を鳴らすとすぐ開けてくれました。パリのプチホテルは真夜中は閉めてしまうところが多いです。真夜中にほろ酔いで、独りで帰ってきた日本のおばさん・・・ちょっぴり恥ずかしかったです。


参考映像:

ロッシーニ(1792~1868)<ウイリアム・テル>

ウイリアム・テル・・ジョルジョ・ザンカナーロ(バリトン)
エドヴィジェ・・・・ルチアーナ・ディンテイーノ(メゾ・ソプラノ)
ジェミー・・・・・・アメーリア・フェッレ(メゾ・ソプラノ)
ゲスレル・・・・・・・ルイジ・ローニ(バス)
マテイルデ・・・・・チェリル・スチェーダー(ソプラノ)
メルクタール・・・・・フランコ・デ・グランデュ(バス)
アルノルド・・・・・・・クリス・メリット(テノール)
ミラノ・スカラ座管弦楽団・合唱団
指揮:リッカルド・ムーティ
演出:ルカ・ロンコーニ
収録:1988年 ミラノ・スカラ座

参考CD:ロッシーニ「ウィリアム・テルGuglielmo Tell」 1952録音2001CDに再録


指揮:Mario Rossi Orchestra :Sinfonica di Torino della RAI


Guglielmo Tell:Guseppe Taddei       Matilde:Rosanna Carteri     Arnoldo:Mario Filippeschi    

Gualtiero:Giorgio Tozzi   


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(2)パリ(ポワチエ&ショゥヴィニー) [2003春パリからベルリンへの旅]

4/9(水)


 青空の見えるお天気ですが、とても寒い朝。地下にある朝食室で簡素なパン、コーヒー、チーズを食べて9:30ごろホテルを出て、近くの散策。

↓朝のヴォージュ広場は寒いせいか散歩の人も僅かでひっそり。


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↓カルナヴァレ博物館入り口の門から


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☆カルナヴァレ博物館Musée Carnavalet

マレ地区のパリの歴史資料を収蔵・展示している市立博物館。絵画、彫刻、家具の膨大なコレクションにふさわしく広大な元貴族の館。オリジナルは16世紀のルネッサンス様式の建物でしたが、その後も改修され1866年にパリ市が買収、博物館としてオープン。このカルナヴァレ館と隣接のル・プルティエ・ド・サン=ファルジョー館も博物館の一部になっています。


この日はパリのお店の古い看板の特別展がありました。かなり見学者が多かったと記憶しています。ここで見逃せない一枚の絵を探してドンドン進み、漸く見つけました。


↓フランソワ・ジェラール「レカミエ夫人」1805 225×145


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モデルのレカミエ夫人は裕福な銀行家の妻。執政政府時代に美貌と知性を兼ね備えた女性として、そのサロンは多くの文人、政治家が集まり、ルーヴルにあるダヴィッドの絵画によっても有名です。彼女自身はダヴィッドの作品は気に入らず(ナポレオンが注文したので)、これはダヴィッドの弟子であったジェラールに描いてもらったもの。古代風な背景に彼女の好みが表れています。


そして、サン・ポールのバス停からモンパルナス駅へ。12:25発のトゥール行きに乗ってヴァンドームからラヴァルダンやモントァールのロマネスク教会を観に行くつもりでした。

初めてTGVの予約をネットでしてきたので駅の自動販売機で引き取るのですが、簡単なことでミスをし、ギリギリでホームへ。飛び乗った列車はまもなく発車。やれやれ・・・しかし、次ぎはポアティエというアナウンスに頭が一瞬真っ白に・・・同じホームの左右の列車を間違えたのです。ポワティエといえば数年前にツアーで訪れ、サンサヴァンとの間のショウヴィニィには寄らなかったちょっと口惜しい想い出がありました。だから立ち直りは我ながら速かったのです。(自慢にもなりませんが)

パリ・モンパルナス12:15→ポワチエ13:42 

ラヴァルダンに行かれなかったはホントに残念でしたが、またの機会もあるでしょうと気持ちを切り替えました。車掌さんが切符拝見に来たので、ヴァンドームより1時間も多く乗るし差額を払うと申し出たのですが、こんなご時勢に(イラク戦争が始まったばかり)日本のおばさんの一人旅を感心に?思ったのか(計算が面倒だったのか?)サービスしてくれました。

 乗車前に駅で買ったサーモンとクリーム・チーズの黒パンサンドがこの日のランチ。

ポワチエに着いたのはすでに午後2時近くになっていました。とりあえず駅前からタクシーでノートルダム・ラ・グランド教会へ。この広場の(i)でショウヴィニィ行きのバスの時刻を確認。係りの女性は「今夜はショウヴィニィに泊まるの?」、私「パリに帰る」と答えたら目を丸くしていました。日本のおばさんは元気なの~。4時半ごろ駅前を出発すると、7時半すぎに帰着のバスがあり「ホッ!!」。

ショウヴィニィへ行く前にポワチェの3カ所の聖堂を見学できました。



↓ノートルダム・ラ・グランド教会


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5年前は外壁の汚れを洗浄中でしたが、その工事も終わり、年月を経てそれなりに落ち着いた色になっていました。

↓華麗なファサードは何度見ても見飽きません


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↓裁判所とジャンヌダルクの像


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☆  サン・ポルシェール教会 St Porchaire Poitiers

 

街角で偶然見つけた小教会。ここも古い歴史があります。ポワティエの名刹聖チレール教会の参事会教会としてカロリング時代に創立。11世紀にはベネディクト派の修道院になりました。16世紀の改築を経て、19世紀には道路を広げるため塔を壊すという案があったのですが、多くの市民の反対で生き延びたそうです。。目抜き通りをカーブする角地に建ち、古都ポワチエのランドマーク的存在となっています。

 

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時間も限られていますので、サン・ジャン礼拝堂や美術館は見学できず、その近くのゴシックの大聖堂へ向かいました。

 

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↓壮大なカテドラル。薔薇窓や扉口の彫刻がさすがに美しい。

 

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さてなんとかポワティエの駅前広場からバスに乗り込み、40分ほどでショウヴィニィの丘の麓の街に到着。

帰りのバスの乗り場と時刻も再確認。2時間弱の見学時間があることが判明。これならそう慌てなくても済みそうです。

 

バス停のある広場の薬局と役場の間に「中世の街へ」の看板があり、

 

↓まもなく丘の上のサン・ピエール教会が見えてきます

 

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道案内では遠回り?だったかもですが、それに沿って静かな住宅街の石畳を歩いて丘を登って行きました。この日は15度くらいの気温でしたが、村にはこぶし、桜のようなピンクの花、リラ、藤の花が咲き乱れていました。

 

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結構傾斜のきつい坂道を含めて15分くらいで丘のうえの旧市街に到着。午後も遅いので出会った観光客も数えるほど。城壁がみえてその一部残ったような城跡も見学できるようになっていたのですが、パスして隣りのサン・ピエール教会へ。

 

ところが内部はあいにく教会は内陣の修復中。でも2人くらいの工事の人も図々しいおばさんひとりを黙認してくれて、遠慮がちながら無事見学できました。さすがに写真は1枚しか撮れませんでしたが、工事中立ち入り禁止の貼り紙もあったのに、有難いことでした。

 ☆サン・ピエール教会Saint piere di Chauvigny

12世紀の後半の建設とみられますが、身廊部分は華やかに白地に赤く模様が塗装されているのがユニーク。それ以上に驚かされるのは後陣の周歩廊に沿った柱頭彫刻。怪奇な幻想の世界がロマネスク。

↓プラン

 

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↓周歩廊の柱頭彫刻の配列

 

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↓かの有名な白と錆朱色に彩色された柱頭彫刻が並んでいて、いかにもロマネスクな怪物が舌を出したりしているます。

 

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↓ヨハネの黙示録の「バビロンの妖婦」(教会のHPから拝借)は盃ととっくりを手にして踊っているようにも見えます。

 

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とっくりを持つという描写は黙示録にはないので、彫刻家の想像で加えられたものと考えられます。天井付近はシートに覆われていましたし、足場も組まれ不安定で、全体は良く確認できなかったのですが、後陣の柱頭群は低い目線にあり観察しやすかったのは良かったです。

 ↓北側面

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↓猫たち

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 サン・サヴァン、ポアティエとここは距離的にあまり離れていないのですが、それぞれが個性的で魅力な彫刻や壁画で彩られています。ロマネスク詣でには欠かせないゾーン。教会の前は小さな展望台になっていて、素晴らしい眺め。

 

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下の街に降りるとすでに薄暗く夕方です。バス停近くに建っている教会は詳しくは不明ですが一部ロマネスク様式です。

 

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広場に面したパン屋さん(ケーキもつくっている)も兼ねたサロン・ド・テで、杏のパイ(美味しい!!)を食べて休憩。定刻より早く着いたバスに慌てて乗り、帰りはノンストップでポワティエヘ。この路線バスはサン・サヴァンへも行く便があるので、ポワチエから両教会を一日観光で、個人でもゆっくり訪れることができると思います。(現在はバスの便も限られるようですが)

ポアチエ19:51→パリ・モンパルナス21:35

 TGVで戻りましたが、パリのモンパルナス駅に到着したのは夜10時近く、この夜は特に冷え込んだパリは零度まで下がり、寒くて慌ててタクシーでマレのホテルに帰りました。ホテルは暖房がよく効いていて、寒がりの私には大助かり。まだ旅の2日目ですが長い一日でした。

 

 








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(1)パリへ [2003春パリからベルリンへの旅]

 2003年春の旅はイラク戦争が始まって間もなくのころ。おまけに中国のサーズ騒ぎもプラスして、のほほんと旅に出るのは気が引けました。イラク戦争は3月に始まったのですが、こちらはほぼ3か月~半年前には旅のプラン作りは完了していました。そしてオペラのチケットも無事手に入っていたので、諦めることは不可能です。パリで会う友人や前後してイタリアに出かける友人とも励ましあって、思い切ってGO~!ということになりました。



旅の日程 17泊19日

パリ(6)~ボローニャ(4)~ウィーン(2)~ベルリン(3)~ウィーン(2)


旅のMAP




イラク戦争のため当初予定していたJALとエール・フランスのとの共同便(パリ行き)が減便になったため、ロンドン経由で行きました。


4/8(火)千歳8:00→関空10:05/11:50→ロンドン16:15/18:50→パリ21:00


Paris/Grand Hôtel Malher 6泊


 関空はこの戦争と中国のサーズ(重症急性呼吸器症候群)騒ぎのため閑散としていました。それでもJALのロンドン便はほぼ満席で離陸。順調な飛行でロンドンには定刻より早い到着。バスでのターミナル移動のうえ、待ち時間が3時間で疲れてしまいました。空港内のショップではユーロもお札しか受け取れないといいますし(小銭は持参)…日本円2000円だけ両替して飲み物などに使いました。パリには夜に到着。震えるほど寒くタクシーでマレのホテルへ(40€)。

部屋は5Fで狭いけれどバスタブ付き。昨年のサン・ルイ島のホテルと違って階ごとに停まるエレベーター、暖房もよく効いて、気持ちよく就寝。


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(14&15)トリノ&帰国 [2002 秋プーリア・ロマネスクの旅]

10/16(水)


 昼のチェックアウト時間まで、ぎりぎり部屋で過ごし長旅の前の休養。ランチはホテル近くのカジュアルだけれどと、勧められたレストランで、トリノ最後の食事を愉しみました。午後からはトリノ市内の観光。もう一度昨夜通ったガッレリアGalleria Subalpinaへ。写真はWikiから拝借


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ここは古本屋さんやレトロな切符売り場の映画館など。古き良き時代のトリノを想わされる場所です。

そしてトリノの聖骸布があるというドゥオーモにも行ってみました。高校がカソリック系のミッションスクールでしたから、キリストの磔刑の後に十字架から降ろされて遺骸を包んだ布にキリストの姿が印されたという話は詳しく聞いた覚えがありました。せっかくトリノに来たのだからと・・・しかし、ドゥオーモには等身大の写真が残るだけでした。でも熱心に祈る信者さんたちの姿。。。

追記:本物の聖骸布は専用の博物館に移され展示されています。


☆トリノのドゥオーモ

15世紀の終わりごろにルネッサンス様式で建立。白い大理石ののファサード。3つの扉口。内陣から続く階段を上るとサン・シンドネ礼拝堂(以前はここに聖骸布が保管されていました)




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街の散策とカフェのお茶タイムをしているうちに出発の時間になりました。トリノに入ったときと同じルートでミラノ・マルペンサ空港へ戻ります。

トリノ17:07→ノヴァーラ18:11/18:1530→ミラノ・マルペンサ空港19:10頃/21:30→


ノヴァーラまでの列車が数分遅れはらはら、おまけに乗り場も間違えてしまいましたが、バスも15分遅れて発車したのでセーフ!バスには地元のおばさまグループが数人いて、運転手さんと顔見知りらしくお喋りで賑やか。そのうちロンバルディア名物の濃い霧が立ち込めてきて、対向車が見えないくらいに・・・一瞬ヒヤリの場面で急ブレーキ!危ういところでした。おばさまたちのお喋りも静かになって・・・空港に無事到着。


10/17(木)→成田16:10/18:20→千歳19:55


その後は順調に乗り継いで、札幌の我が家に帰着。治安が悪いという南イタリアのプーリアを主に回った旅でしたが、終わってみれば体調や天候もまずまずで、良い旅でした。それも夫の理解があったからこそ(諦めているのかも 汗)と感謝しつつ終わります。



タグ:トリノ
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(13)トリノ(アスティ) [2002 秋プーリア・ロマネスクの旅]

10/15(火)

 イタリアの朝ごはんはあまり期待できないのですが、ここはさすがに豪華版です。日本人のビジネスマンがひとりいましたが、ほかはエコノミーな旅人は私くらいで、なんか場違い・・・。

↓ホテルの朝食室


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昨日のスマートメディア紛失事件がまだ尾を引いていたのですが、食欲は旺盛(笑)フルにいただいて、トリノ中央駅へ。駅でスマートメディアは売っていませんでしたので、仕方なくポラロイドの使い捨てカメラを購入。写真はパソコンに入れなかったので、行方不明になってしまいました。Google Earthから拝借します。

トリノ9:10→アスティ9:40

アスティの駅からサン・セコンド教会~サン・ピエトロの円堂を見学。この夜はオペラがあるので、遠くへは行けません。アスティの観光の後ランチを済ませてトリノに戻りました。

先ずはサン・セコンド教会へ。地図を見ると駅から至近距離なのですが、近い道を選びながら、結局は遠回り【汗)


サン・セコンド教会San Secondo

13世紀から15世紀の間にロマネスク=ゴシック様式で建てられた教会。3つの扉口と3つの薔薇窓、3列に分割されたファサード。クーポラはロマネスク様式。


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サン・セコンドからアスティ駅前の大きな広場を抜けて徒歩数分で、アスティで一番有名な中世の建築物が通りに面して建っています。受付に見学者の名簿があり、何日か前に訪れられたKikukoさんのサインを発見!


☆サン・ピエトロの円堂Rotonda di San Pietro

12世紀の建立ですが、1280年に洗礼堂に改築されました。外形は8角形、内側は円形、煉瓦造。洗礼堂のそばに建つのはサン・ピエトロ・イン・コンサヴィア教会(15世紀)


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 駅に引き返す途中のレストランでランチ。1Fはカジュアル、2Fがフォーマルなレストランになっています。気張って2Fへ。ここで最後のキノコ料理をいただきました。アスティはピエモンテのワインで有名なところなので、この時期はミラノあたりからもグルメのお客さんが来ていて、隣のテーブルは日本人駐在員の奥様グループ数名(噂話には花が咲く 笑)。昨夜の素朴な料理と違い、凝っていましたが、驚くほどの美味しさでもなくまあまあ★★


アスティ14:17→トリノ14:55

仮眠の後はオペラへ。初めてのトリノ・テアトロ・レッジョへ。


♪~R・シュトラウス『カプリッチョ』20:30開演


指揮:Jefrey Tate 演出:Jonathan Miller オーケストラ:トリノ・テアトロ・レッジョ管弦楽団

La contessa Madeleine:Elizabeth Whitehouse  Il conte:Olaf Bar  Flamand:Jonas Kaufmann
Olivier:Claudio Otelli  Clairon:Doris Soffel  La Roche:Franz Hawlata
 


 R・シュトラウスがこのオペラを作曲したのは1942年のこと。第二次世界大戦の真っ只中でR.シュトラウスが、自身の芸術的な「遺書」と評した最後のオペラです。知的で繊細な音楽と簡素な舞台。時代背景は作曲された頃に設定され、大戦時の芸術家の想いが表現されています。最終シーンは戦火に燃えるドームの建物。ベルリンの空襲?またはヒロシマを連想させられました。

休憩なしの1幕物の2時間余り、詩人と音楽家の恋のさや当てに名を借りた、オペラへの愛情告白ともいえる作品。歌手もそれぞれ水準が高かったのですが、予習のCDで聴いたClaironがオッターだったので、この役は不満。開幕前にハウラータの調子が悪いとのアナウンスがあったが、低音が少し響かないかな?くらいで、演技も巧いしで問題なし。特筆すべきはこのとき初めて聴いたテノールのカウフマン、凄い新人が現れた「見っけ!!」と興奮状態。(当時は色白細身のハンサム)。ただ最後の合唱は声が埋没してしまう程の線の細さで懸念が残りましたが。


後記:この後、数年はあまりぱっとしなかったので残念に思ってました。この後に映像で観たチューリッヒのティト帝も声が重くなっていて・・・生のパフォーマンスはこの後の2006年(エジンバラ音楽祭)でしたが、イメージチェンジも成功して、ついに大ブレイク!今や最もチケットの入手困難なテノールの大スターになりました。

情熱的なイタリア歌劇とはかけ離れた地味な作品なので、途中席を立つ観客が多くて驚きました。しかし、一方では文化の薫り高いトリノの名に恥じない熱心な観客も多数で、安堵。テイトの指揮も素晴らしくR・シュトラウスの曲想の奥深さを感じさせてくれるものでした。


↓プログラム


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参考映像: リヒャルト・シュトラウス(1864-1945)<カプリッチョ>
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クレメンス・クラウスとリヒャルト・シュトラウス
による音楽についての1幕の対話劇
 
伯爵夫人・・・・・・・・・キリ・テ・カナワ(ソプラノ)
伯爵・・・・・・・・ホーカン・ハーゲゴード(バリトン)
フラマン・・・・デヴィッド・キューブラー(テノール)
オリヴィエ・・・・・サイモン・キーンリサイド(バリトン)
ラ・ローシュ)・・ヴィクター・ブラウン(バリトン)
クレーロン・・・・・・タチヤナ・トロヤノス(ソプラノ)
ムッシュー・トープ…・ミシェル・シェネシャル
イタリアの歌手・・・・マリア・ホテュナー(ソプラノ)
イタリアの歌手・・クレイブ・エステップ(テノール)
フィアカーミッリ・・・・グエンダリ・ブラッドリ(ソプラノ)
二人の若い踊り手・・・・・・・・シャノン・リリー
ディヴィッド・ジャスティン
家令・・・・・・・・・・・・デイル・トラヴィス
サンフランシスコ歌劇場管弦楽団・合唱団
指揮:ドナルド・ラニクルス
演出:ステフェン・ロウレス
制作:1993年 サンフランシスコ歌劇場 
2001.9道新教室にて


帰りはガッレリアーを通って、古本屋さんのショーウィンドーを眺めたり、のんびりホテルに戻りました。


↓ホテルのバール

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バールのおじさまも親切で、オペラの後夜食のインスタントラーメンのお湯をもらいに行きました.そのとき、このBarには映画スターかと思われるほどのハンサムな男性(40代くらい)が独り座っていていたのです。プアなイタリア語を喋る私を見てお上品に笑みを浮かべて・・・。しかも後から気が付いたのです。間違えていたのです~あ~ぁ恥。

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(12)バーリ~トリノ [2002 秋プーリア・ロマネスクの旅]

10/14(月) バーリ11:50→ミラノ13:30/14:45(バス)→ノヴァーラ(列車に乗りかえ)→トリノ


トリノ/グランドホテル シテア2泊


 10時ごろホテルをチェックアウトしてバーリの空港へ。ミラノ空港からトリノまではミラノ中央駅に出るのが億劫だったので、ノヴァーラまでの空港バスを利用しました。トリノまでの直行バスもありますが、丁度良い時間のはなかったのでノヴァーラからは30分ごとの列車に乗り換えました。スーツケースをマルペンサ空港の荷物預かり所に置いて、2泊分のキャリーバックで、バスに乗車。Ticino川を渡り、うっすらと霧のかかったミラノ平野を走り、ロマネスクの聖堂の残るオレッジョの街を抜けて、ノヴァーラへ。駅から大通りを隔てた向かい側が停留所で、帰りは降車専用のここで待ってて乗り遅れそうになりました。帰りのマルペンサ行きは駅のそばでOKです。


この日の昼食はどこで食べたのか記憶にありませんので、多分移動中の機内ランチだったのでしょう。さて、トリノは初訪問ですが、ホテルは駅から電車通りに面して分かりやすいところで徒歩数分で到着。トリノの歌劇場や駅、美術館にも近く便利でしたが、4☆でもハイクラスの贅沢な宿でした。

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早速トリノ美術館へ。今までプーリアの田舎を歩いてきた身にはなんとも重厚過ぎる建物の並ぶ街です。「苦手なんだけど・・・」とつぶやきながら。


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☆サバウダ美術館Galleria Sabauda(初)

サバウダというのは「サヴォイア家の」という意味があり、トリノを支配したサヴォイア家の絵画蒐集から出発した美術館です。フィレンツェ派のアンジェリコ、ボッティチェッリ、ポライウォーロなど。ヴェネツィア派のベッリーニ兄弟、マンティーニャ、ティントレットなど。フランドル派のメムリンク、エイク、ウエイデンなど。


↓ポライウォーロ兄弟「大天使ラファエルとトビアス」1470以前187×118


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旧約聖書の物語「トビトと息子トビア(ス)」のうち、大天使ラファエルに導かれて犬を連れ、魚を持つトビアスの旅立ちが描かれています。この物語にはいろいろな奇跡があり、父トビトの失明をなおし、大天使が飛び立つ場面はレンブラントの傑作でも知られています。物語全体にわたって魚が重要な役割をになっています。それで図像ではトビアスの持物は魚。サバウダ美術館にはもう一点フィリッポ・リッピの同じ主題のものがあります。こちらは大天使ではなく3人の天使が描かれています。レンブラントの明暗がドラマチックな画面と違って、いかにもイタリア・ルネッサンスの明るい色調が美しいです。


↓ヤン・ファン・エイク「聖痕を受ける聖フランチェスコ」29.2×33.4


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↓同じ主題の一回り小さい作品がフィラデルフィア美術館にあります。12.4×14.6


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↓この2年後の2004年に2つの作品の展覧会がフィラデルフィア美術館であったようです。


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↓オラッツィオ・ジェンテレスキ「受胎告知」1622-23 286×196 


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今春のN.Yの特別展で観ていましたが、ここではこの絵のある部屋が閉鎖されていました。時間制なのかもしれません。


↓スキアヴォーネの「聖母子」もこの美術館を訪れる目的のひとつでした。スキアヴォーネ(本名ジョルジョ・チュリノヴィッチ)はパドヴァの工房で学び、カルロ・クリヴェッリと共通する画法が見られる画家です。作品が少ないのでここでの鑑賞は貴重です。思っていたよりやや暗い煤けた感じの画面でした。そろそろ修復の時期ではないかしら・・・。


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↓ヴァン・ダイクの「イギリスのチャールズ一世の子供たち」はサヴォア家公妃とチャールズ一世の王妃が姉妹だったため、子供達の肖像画を交換したものです。イギリスのピューリタン革命の時の王一家の悲劇が思い出されました。


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同じ建物にエジプト美術館(現在サバウダ美術館は移転)があり、校外学習らしい小学生たちと一緒になり賑やか過ぎ…。適当に巡った後、出口へ。スマートメディアの容量が心配になって、まだ少し残っていた1枚を出して入れ替えしようとした時、手からするりと下へ落してしまいました。なんと!気が付くと下は排水溝です。柵状の蓋の下はとても深く、暗くて見えません。その鉄の蓋もびくともしませんし、通りがかりの人も何か落としたの?と心配して覗いてみてくれますが・・・結局オーマイゴット!!涙。


すっかり意気消沈の私でしたが、トリノは食の街ですからと気を取り直して、夕食のためのレストラン探し。


ホテルから駅方向に少し行ったところに店先にポルチーニ茸を山盛りディスプレーしたレストランを発見。フリットとクリームパスタに調理してもらいました。カジュアルなお店でしたが安くて美味しくて大満足でした。スマートメディアを失くしたショックはかなりなものでしたが、盗られたわけでなく、自分の不注意が原因なので仕方ありませんです。。。








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(11)バーリ(アルタムーラ&マテーラ) [2002 秋プーリア・ロマネスクの旅]

10/13(日)


 今日は日曜日なので、列車ではなくバスが出るとのこと。駅の地下通路を通って、反対側にバス停があるというのです。それだけの説明なので不安に思いながら・・・大きな通りは長距離バス(ローマやナポリ行きなど)が盛んに発着しているのですが、マテーラ方面のバスは見当たりません。近くの店先にいた男性に訊いたのですが、ここで待ってれば来るよというので待っていたのですが、間もなく出発の時刻です。何気なく100Mほど先を見ると、それらしきバスが止まっているので、あれかも~!と走ったのですが、間に合わず置いて行かれました(涙)

バーリ941発〜アルタムーラ1041着に乗るはずでした。 40Kほどの距離ですが、致し方なくタクシーを拾ってアルタムーラへ。しかもメーター通り払おうとしたら、バーリまで帰るのだからというのです。文句を言うには言葉の壁と度胸もなく、往復70€もぼられました。

 

 アルタムーラは城壁の門から旧市街に入り、大聖堂までほぼ200Mくらい。日曜のミサが終わったころで街の人たちが多く、観光客はあまり見当たりません。若い人たちが嬉しそうにMACの包みを手にしているのに気が付きました。イタリアの地方の小さな町にもMACが進出しているのです・・・後の情報では何年かして地元のパン屋さんに負けて撤退したそうですが。


★アルタムーラ大聖堂Cattedrale di Altamura


プーリア州で唯一フリードリッヒ2世の発願で建てられた教会。1232年に着工されましたが14、16、19世紀に改築されています。  2つの鐘楼とファサードの扉口が印象的。タンパンやアーキヴォルトアーチは華やかで繊細な彫刻で飾られています。。

迫持ちアーチを持つ薔薇窓も綺麗。内部はミサの後の個々のお参りの最中。街の信仰篤い人々の交流が盛んなことが伺えました。



↓ファサードは14世紀


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↓大聖堂の前は狭いので全体を撮れません。薔薇窓も14世紀のもの。


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ほどの道を戻り、サン・ニコロ・デイ・グレーチ教会へ。


☆サン・ニコロ・デイ・グレーチ教会San Nicolo dei Greci


ギリシアの聖ニコラという名前がついているとおり、この地域に住むギリシア人のための教会だったらしい。ですが、今は内部を見学して分かったことですが、普通のカソリックの教会になっています。。日曜のミサの後は合唱団の集まりだったらしく、こちらも教会と地域の人たちのつながりは濃い
と感じました。タンパンの彫刻はなくなってしまって(最初からなかったのかも?)残念でしたが、大聖堂に較べるとよりロマネスクの素朴さが残っていて好ましく感じました。


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 ランチはこの近くの小道を入ったレストランで。しょぼい外観ですが、地元の方たちについて入店。秋の旬ポルチーニ茸の焼いたお皿は。。。あ~思い出すだけでヨダレがでそうです。プーリアの秋の味覚は最高です~!

早めにバス停へいきましたが、定刻より10分ほど早くやってきてガラガラのバス。私だけ乗せたらすぐ出発してしまって・・・そんなんでイイのぉ~。


アルタムーラ1338発〜マテーラ1404


バスセンターから10分ほど歩くと展望台に出ました。深い峡谷に世界遺産にも登録されている洞窟住居群が密集しています。その眺めの向こうの崖の上に建つドゥオーモの塔と教会。
苦労してここまで来た私には輝いて見え、実際、午後の西日が当たっていたので神々しい眺めでした。

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プーリアの各地もそうでしたが、バジリカータ州のここも迷路のような旧市街の小路に惑わされながら、展望台から徒歩15分くらいでドゥオーモに到着。


☆マテーラのドゥオーモDuomo di Matera

1268~70年にかけてプーリア・ロマネスク様式で建立。ファサードは付け柱で3分割され、この付け柱は途中から人間や動物の彫刻で支えられた小円柱になっています。


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 薔薇窓の上のサン・ミカエルの像やオリエンタルな小窓の装飾も素敵。
この地方の名産アイボリー色の石灰石で建てられた柔らかな色彩の教会は、厳しい風土に暮らす人々にはほっとするような慰めになったことでしょう。内部は閉まっていて見学できませんでした。


↓ドゥオーモの左から鐘楼が見えます。

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↓南側面から


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ドゥオーモ前の広場からの眺め


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先ほどの見晴らし台の広場へ戻り、バスの出発までサン・ジョバンニ・バッティスタ教会の見学をしました。


☆サン・ジョバンニ・バッティスタ教会 San Giovanni Battista


創建は1233に完成したプーリア・ロマネスク様式の教会でしたが、17世紀のバロック期に改築されています。

↓南側面に残る扉口


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↓平坦な後背部はプーリア・ロマネスク様式。窓の外側にはライオンが支える円柱。


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 バールでお茶した後、バスセンターに戻り、夕闇迫るバーリへ戻りました。マテーラ17:27→バーリ18:53 この日がプーリアの旅の最後でした。疲れも出る頃でしたが、時間が許せば近郊の岩窟の教会なども行ってみたかった・・・心残り。


明日はミラノ経由でトリノまでの移動日です。荷物の整理をして手持ちのもので部屋食。

 




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(10)アルベロベッロ~バーリ [2002 秋プーリア・ロマネスクの旅]

10/12(土)


 ↓一夜明けて、宿泊したトゥルッリです。


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 朝食は昨夜のレストランで。その後はすぐにはトゥルッリに戻らず、ショッピングも兼ねて街の散策をしました。朝食のとき一緒だった日本人の家族と少しお話。スイス在住で障害のある車椅子のお子さん(男10歳くらい)を連れた御夫婦。一生懸命にその子の世話をしながらも、共に旅を楽しもうとしている姿が健気で、同情というよりもファミリーのあふれる愛に心打たれました。お互いに良い旅をと言いながらお別れ。心に残る3人の笑顔でした。


↓朝夕食をとったレストランもトゥルッリ


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アルベルベッロの街並み


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↓屋根の上にも猫


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↓猫があちこちに


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↓何年ごろの写真でしょうか?(絵葉書)


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 お土産屋でレースのテーブルセンターなど購入。泊ったトゥルッリに戻りました。疲れが出てきたのかうっかりして1時間チェックアウトの時間を間違えて、ご主人のお迎えがこないので怒りながら、鍵をそのまま部屋に残して、駅まで歩きました。ところが駅について1時間早いことに気がついて、ウーン!!幸いなことに15分くらいでバーリ行きが来たので、やれやれ。


アルベルベッロ11:47→バーリ12:09

バーリのホテルに入って預けていたスーツケースを部屋に運び少し休んだ後、遅めのランチをホテルの裏側のレストランで。前菜はひと皿にいろいろ盛ったもの。モッツアレッラチーズが美味しいなと食べていると、容器にそのチーズをいれて御用聞きが…毎日フレッシュなのを仕入れるのですね。他はまあまあ★★。


駅前の(i)で明日のマテーラまでのバスを尋ねがてら、ここのウィンドゥに飾ってあった「プーリアのカテドラル」の画集を購入。

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中に入り係りの若い男女とおしゃべり。モルフェッタで不良少年たちにつけられ怖かった話をすると、「そうなんだよ危険なんだ」とあっさり肯定されて・・・「めったにないことだから」と言って欲しかったわ。参りました。

明日は日曜なので今日のうちにバスの切符は買ったほうが良いというので、向かいのアップロカーネ線の駅で購入。乗り場は駅の向こう側というので直ぐわかると思ったのですが….

 

↓バーリの街を散策。バーリのオペラ劇場 建物の赤紫色がいかにも南イタリア。

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夕食はバーリに着いた時に入ったレストランで。ここはピッツエリアも兼ねていています。汗だくで竈で焼く職人さん。行列もでき大人気。ピッツアと小壜ビールのテイクアウト。〆て6ユーロと安くて、さすが南イタリア本場の味。ワンホール平らげました!★★★

 

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↓二度目のお部屋はWで広く、裏庭に面して静かでした。

 

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 明日はプーリア・ロマネスク巡りの最後の日です。マテーラは正確にはプーリア地方ではないのですが、バーリまできて寄らないわけにはいきません。交通手段がいまいち確実性に欠けるのが心配ですが・・・。

 

 

  


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(9)ターラント~マルティナ・フランカ~アルベロベッロ [2002 秋プーリア・ロマネスクの旅]

10/11(金)ターラント→マルティナ・フランカ→アルベロベッロ


アルベロベッロ/トゥルッリデア

 

この近辺のSUD-EST線はとても複雑、レセプションの女性が親切に時間とバスの乗り場を電話で確認してくれて助かりました。朝はまず、旧市街の散策にでかけました。緊張しながら旧市街に足を踏み入れ、歩いて行きます。今まで綺麗で趣のある旧市街に慣れていたので、そのあまりに古い汚い様子にオドオド・・・トイレ臭いと思いながら、歩を進めていくと、別に危険な感じはなく普通の下町です。パン屋さんや食糧店が並んでいて、乳母車を押した若いママの姿も・・・徐々に安心感が広がります。暗いというか黒く汚れた建物の間から昨日も立寄ったドゥオーモが見えてきました。

 

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☆ターラントのドゥオーモ Duomo di Taranto

11世紀末に聖カタルドがこの教会に祀られことで、教会の建設が始まりました。ファサードは上の写真のようなバロック様式になりましたが、側面は当初のロマネスク様式の痕跡をとどめています。

↓後陣脇の鐘楼がみえます。

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↓ロマネスク当時の面影の残る扉口(塞がれている)

 

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↓その上の壁に聖カタルド?の浮彫

 

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↓プランとクリプトは参考書からスキャンしました

 

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奥の路地を進んで行きますと、ロマネスク様式の薔薇窓(13世紀)を持つサン・ドメニコ・マッジョーレ教会(フリードリッヒ2世の命で13世紀に建立)

 

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そして海にむかって建つ古い館に、国立博物館(臨時)のコレクションを一部展示していました。ターラントは紀元前8世紀後半にラコーニア人によって建設されたギリシアの植民都市。古代のアプーリア地方の中心都市として繁栄。紀元前272年にローマに敗れ美術品も多く持ち去られましたが、博物館にはターラントでの出土品及びマグナ・グラエキアの美術品を収蔵。先史時代、ギリシア、ローマ、それにシリアで見たオリエント風の彫刻。ギリシアの壷に天使が描かれていて興味をひかれました。

展示品が小品が多かったのは臨時の会場だったからでしょうか。

 

↓「アフロディーテの誕生」テラコッタ 紀元前4世紀終わり~3世紀(絵葉書)

 

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↓「アウグストゥス像」大理石 1世紀(絵葉書)

 

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ホテルに戻りチェックアウト。タクシーでバスセンターへ。ところがマルティナ.フランカ行きは何番の乗り場かわかりません。プレハブの事務所で切符を売るお兄さんが親切に遅れてきたバスを気にして時々外に出て見張っててくれて、私に安心するようにと言ってくれます。なんと優しい!!感激しました。20分程遅れてきたバスでマルティナ.フランカの終点まで行きました。インフォーメイションのあるところを聞くと、通り過ぎたらしい。皆が降りた後私だけ乗せて戻ってくれて親切です。ここでも感動!!

 

 バスを降りたら雨が強くなり、ようやく(i)に駆け込みました。昼休みのまえに荷物を受取らなければならないので、1時間弱しか時間がないので、慌てて雨のなか街の散策。ここは8月にマイナーなオペラを上演する音楽祭で有名。またここに来ることはあるのでしょうか?

 

↓雨のマルティナ・フランカ

 

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 荷物を引き取ってもまだ雨がやみません。タクシー乗り場でしばらく待ったのですが来ないので、小公園の脇に立つホテルへ行き、フロントでタクシーを呼んでもらいました。初めは泊まり客でもないし、面倒そうだったのですが、チップをあげてアルベロベッロまでというとすぐ呼んでくれました。

 

↓時間が合えば寄りたかったロコロトンド

 

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 アルベルベッロまで30分くらい走り35ユーロ。町の中央の広場で降ろされましたが、トゥルッリデアのフロント棟まではすぐでした。お昼休みだったので、近くのレストランでランチ。結構美味しいし、おかみさんも愛想が良い。食事を済ませて、トゥルッリデアのレセプション棟でチェック・イン。御主人が車で私の泊まる家まで送ってくれたのですが(徒歩で10~15分くらい)、2食つきなので夜レストランから戻るのは怖いというと、絶対大丈夫とのこと。確かにとても治安の良い街でした。提携のレストランは日本人のツアーも入っていて繁昌していました。菜の花のオレッキエッテ、ここのが一番美味しかったです★★★。ワインも含まれた2食付きはリーズナブルでした。隣のテーブルの4人はマルティナ・フランカでも出会ったドイツからの二組の夫婦の観光客で、楽しそう~。私は「孤独のプーリア・グルメ」(笑)夜道は暗いから転ばないように気を付けてねとレストランの優しいお兄さんに見送られて、宿のトゥルッリへ。人通りもない迷路のようなトゥルッリの並んだ道・・・不思議な夢を見ているような気分でした。

この夜は寒く、小さな電気ストーブだけなのでなかなか暖まりません。カーディガン、靴下に睡眠導入剤の助けも借りて、ようやく眠りにつきました。

 

↓トゥルッリの部屋 ベットはW1,S1の2台なので3人は宿泊できる広さ(バスタブなし、シャワーのみ)

 

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